AIやら人工知能と騒がれていますが、この「予測マシンの世紀」、では、その本質を機械学習による「予測」と捉え、経済学の視点で、予測の性能の進化と低コスト化で、ビジネスや社会に対してどんなインパクトがあるのかを議論しています。いろいろ思うところが多かったので、引用多めでもう分けないですが、本書の感想を記録しておこうと思います。本書での「AI」は「予測技術・予測マシン」と読むと良いです。


予測とは欠落している情報を埋め合わせるプロセスだという定義がビジネスには応用しやすい(p.38)

なるほど。これは確かに応用しやすい。そして、結果、不確実性を低下させるためのプロセス、と考えても理解しやすいと思います。

AIにはトレードオフが関わっている。スピードを上げれば精度が落ち、自律性を重んじれば統制が利かず、データを増やせばプライバシーは失われる。(p.14)

トレードオフがあるということは戦略が必要ということ。

予測のコストが下がると、経済学者が「補完材」と呼ぶものの価値が上昇する(p.60)

差異化やコスト構造は予測AIそのものではなく、それを動かすために必要な部分になっていく。最近いいものを作ってもそれだけでは売れないというのと同じですね。体験価値やビジネス価値前提で見たときのミッシングピースを埋める考え方が必要。

Integrate.aiのカスリン・ハウは問題を確認した上で予測問題としてとらえ直す能力を「AIインサイト」と呼んでいる(p.25)

この力は重要かもしれませんね。問題解決するためのツールが安価になったとき、それを使わない手はない。その安価な手段を活用して問題解決ができるならビジネスに対してはとてもインパクトがある。ビジネスのワークフローにおける課題を解決可能な問題に分解して、少しずつでもAI(予測)に代替可能な問題を増やしていく「AIインサイト」のちから、そして、現実的に利用可能なリソース(データやワークフロー、時間)の上で、AIできることに対する「肌感覚」なんかも重要と大切と思いました。

仮に、狭義に「予測」と定義するならば、その精度が改善さえすれば、人間の直感や常識は必要ない、逆に通用しない、ともいえると感じました。(XAI(Explainable AI/説明可能なAI)がありつつも)つまり、肌感覚は従来の常識とは違うかもしれず、実際に手触りを持っていることや経験が必要だなと。

データの入手はしばしば高いコストを伴うが、データなくして予測マシンは機能しない。予測マシンを創造し、機能させ、改善させていくために、データは欠かせない存在である。そうなると、データをどんな規模と範囲で取得するべきか、決断しておかなければならない。異なるタイプのデータがいくつ必要か。タイプや対象や頻度が増えるほどコストは高くなるが、潜在的な利益も大きくなる。このような決断を下す際には、自分は何を予測したいのか、慎重に決めておかなければならない。どんな問題の予測をしたいのか具体的に確認できれば、何が必要なのか自ずと明らかになる。(p.65)

そして

予測マシンは3つのタイプのデータを利用する。(1)AIを訓練するための訓練データ。(2)予測を行うための入力データ。(3)予測の精度を改善するためのフィードバックデータ(p.70)

ビジネスプロセスの中のどこで3つのタイプのデータそれぞれを取得し、「予測」に活用できるか、考えると面白そうです。

また、更に予測マシンと人間の分業についても多く語られています。マシンの得意な部分と人間が得意な部分についてです。

機械による予測は非常に強力だが、そこには限界がある。データが限られるとうまく予測できない。限界が生じるのは、事象の発生頻度が低いときや、因果推論の問題が発生するときだ。このような限界について、人間は十分な訓練を受ければ認識可能で、機械による予測を改善することができる。そのためには、機械について理解しなければならない。(p.87)

予測マシンの性能が改善するに伴い、企業は人間と機械による分業体制を調整していかなければならない。(p.92)

このようにデータや技術が進むのに応じて、分業の内容を調整していくという考え方がよいですね。はじめからイチゼロではないし、人間との分業がその後の機械の予測を改善した結果、より多くを機械に任せることができるかもしれない。

そしてビジネスプロセスの主たる仕事は「意思決定」としています。判断・意思決定のために「入力データ」や「予測」が役立つ。また面白いなと感じたのは以下。

予測マシンは判断を提供しない。判断するのは人間だけだ。人間だけが、異なる行動をとった場合に得られる報酬の違いを相対的に比較できる。AIが予測する機会が増えると、人間は従来のように予測と判断を組合わせて意思決定を行う代わりに、判断する役割に専念するようになる。その結果、機械による予測と人間による判断が相互に作用し合うインタフェースが実現する。... 予測が改善されると、様々な行動から得られる報酬について考慮する機会が増える。言い換えれば、判断する機会が増えることになる。つまり、優れた予測がスピーディーかつ安上がりに行われるようになるほど、私たちは多くの決断を下すようになるのだ。(p.107)

とはいえ、もちろん、その「判断をハードコーディングする」ことも可能。しかし、

厄介なのは、判断をプログラム化して機械に人間の役割を任せるだけでは十分ではなく、判断の根拠として提供される予測がかなり正確でなければならないことだ。考えられる状況があまりに多く、しかもそれぞれの状況に関して何をすべきか予め特定しておくとなると、あまりにも多くの時間をとられてしまう。... 結局のところ不確かな状況では、特定の決断からどんな見返りが得られるか判断するためのコストが高くついてしまう。(p.117)

判断以外にも人間が機械より優れていそうな点としては、

人間が持っていて、機械に持てないデータには3つのタイプがある。まず、人間は鋭い感覚の持ち主だ。人間の目や耳、鼻や皮膚は、未だに多くの点で機械よりも能力が優れている。第二に、人間の好みは最終的に人間が決定する。消費者データがきわめて重要なのは、人間の好みについてのデータが予測マシンに提供されるからだ。...第三に、プライバシーの関係で、機械が入手できるデータは限られてしまう。

つまりは簡単にいえばデータが不十分なところでは、もちろん予測マシンもうまく機能しないというわけです。が、もちろんその状況では、人間でも、誰もが予測ができるとは限りませんので、予測より判断そのものに重点が置かれるのだと思います。そして、そのような優れた予測に頼れないケースでは、しばしば「満足化」が行われる。例えば、

空港に行くときは常に早めに出発し、早く到着しすぎてフライトの時間まで待機するケースだ。最適の解決策ではないが、手に入る情報の範囲内では懸命な決断である。空港のラウンジは、満足化に応える形で考案された。しかし優れた予測マシンが登場すれば、満足化が必要とされる機会は減少する。そうなると、空港ラウンジのような解決策への投資から得られる見返りも少なくなるだろう(p.143)

現在満足化で成り立っているような領域に対して、戦略的に予測マシンに投資することができれば、ビジネスチャンスがありそう。

判断の重要性もあったが、一方で判断するのにかける時間がない、というシーンでも予測マシンが優位に使える可能性が高い。

予測を受けて素早く反応することの見返りが多く、しかも判断をコード化したり予測したりすることが可能なところなど、あらゆる機能を機械に任せる方が、プロセスに人間を含めるよりも見返りが多くなるとき、自動化は実現する。コミュニケーションのコストが高くなるときにも、自動化は実現する。たとえば、宇宙探査だ。(p.150)

金融の分野やオンライン広告ではすでにこれが起きている分野ですね。

本書後半では、前半の理解を基に、どのようにしてビジネスに予測マシンを組み込むか検討するための方法論も書かれています。

  • プロセス全体を設計し直して、自動化する方法を考える。ワークフロー | タスク | 決断 | 仕事 と整理した際、実際に予測マシンが導入されるのは「タスク」からとなる(p.161)
  • AIキャンバス は 決断を7つの構成要素に整理する 予測、入力、判断、訓練、行動、結果、フィードバック これによって予測マシンの潜在的な役割を理解できるようになる. そして必要な3つのタイプのデータすべてが明確に理解できるようになる(p.172)
  • AIキャンバスにおける「予測」においては、綿密さが必要とされる。例えば「最高の」学生の採用を目指すと宣言するのは簡単だが、具体的に予測するためには、「最高」の意味をきちんと把握しておかなければならない。... 企業はAI戦略の第一歩として、しばしば基本に立ち返って目的を設定し直し、経営理念の具体化に取り組まなければならない(p.180)

この理念目的と、具体的な目標のGapやFitというのはさまざまな場面で通じるものがありますね。そして、相手が人間であればある程度曖昧に通じていた部分が、より厳密・具体的な定義が必要になるというのはそうだと思います。

そして企業の戦略として分解したプロセスのうち、何を自社に残し、何をアウトソースするか、何をAIに任せ、何を人に任せるか、という選択が行われます。ビジネスの本質が不確実性の低下であると捉えた場合、予測マシンはその不確実性を下げる一躍を担うことになるが、その予測マシンの性能をどのように改善させるか、自社で改善するのか、外部にアウトソースするかは戦略の範疇になる。その戦略に応じて、自社で3つのタイプのどのデータを保有すべきかも決まるはず。前述のようにデータの収集と保有はコストのかかるものですから。

あなたらが自らデータを集めて予測を行うか、あるいは他人からデータや予測を購入するか、どちらを選ぶかは、あなたの会社にとって予測マシンがどれだけ重要かによって左右される。予測マシンが特に重要ではなく、AIが戦略に中核でないかぎり、大抵の企業がエネルギーを調達するときと同様に市場から購入すればよい。対象的に、予測マシンが企業の戦略の中心である場合には、予測マシンを改良するためにデータを管理する必要があり、データと予測マシンのどちらも社内に存在しなければならない。(p.227)

ついつい自社で!って思ってしまいがちですが、もちろんそこには大きなトレードオフがあるということです。

... このようなトレードオフは、グーグルやマイクロソフトといった企業の経営陣によるAIファースト宣言に込められた意味を明らかにしてくれる。これらの企業は機械学習に役立つデータに積極的に投資している。予測マシンの改善を優先し、顧客の直接経験や社員の訓練を後回しにする。データ戦略はAI戦略の要だ。(p.249)

AI戦略=データ戦略というのはなるほどです。こんな中で、AIにベットできている企業はすごい、とともに、自社・他社の棲み分けの戦略を明らかにして、グーグルやマイクロソフトの提供する予測マシンを最大活用するというのもありうる戦略ですね。

引用多めですいません。ここで取り上げた部分の他にもAI倫理にまつわるAIのリスクや、社会全体にどういった影響を与えるのかといったあたりの議論など、まだまだ引用したいところは多いのですが、ここまで。。

この本に書かれていることを下敷きに、自社や自分のビジネスの戦略を考えるのにとても参考になる本でした。