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「予測マシンの世紀」を読んで、データ戦略=AI戦略を考える

AIやら人工知能と騒がれていますが、この「予測マシンの世紀」、では、その本質を機械学習による「予測」と捉え、経済学の視点で、予測の性能の進化と低コスト化で、ビジネスや社会に対してどんなインパクトがあるのかを議論しています。いろいろ思うところが多かったので、引用多めでもう分けないですが、本書の感想を記録しておこうと思います。本書での「AI」は「予測技術・予測マシン」と読むと良いです。


予測とは欠落している情報を埋め合わせるプロセスだという定義がビジネスには応用しやすい(p.38)

なるほど。これは確かに応用しやすい。そして、結果、不確実性を低下させるためのプロセス、と考えても理解しやすいと思います。

AIにはトレードオフが関わっている。スピードを上げれば精度が落ち、自律性を重んじれば統制が利かず、データを増やせばプライバシーは失われる。(p.14)

トレードオフがあるということは戦略が必要ということ。

予測のコストが下がると、経済学者が「補完材」と呼ぶものの価値が上昇する(p.60)

差異化やコスト構造は予測AIそのものではなく、それを動かすために必要な部分になっていく。最近いいものを作ってもそれだけでは売れないというのと同じですね。体験価値やビジネス価値前提で見たときのミッシングピースを埋める考え方が必要。

Integrate.aiのカスリン・ハウは問題を確認した上で予測問題としてとらえ直す能力を「AIインサイト」と呼んでいる(p.25)

この力は重要かもしれませんね。問題解決するためのツールが安価になったとき、それを使わない手はない。その安価な手段を活用して問題解決ができるならビジネスに対してはとてもインパクトがある。ビジネスのワークフローにおける課題を解決可能な問題に分解して、少しずつでもAI(予測)に代替可能な問題を増やしていく「AIインサイト」のちから、そして、現実的に利用可能なリソース(データやワークフロー、時間)の上で、AIできることに対する「肌感覚」なんかも重要と大切と思いました。

仮に、狭義に「予測」と定義するならば、その精度が改善さえすれば、人間の直感や常識は必要ない、逆に通用しない、ともいえると感じました。(XAI(Explainable AI/説明可能なAI)がありつつも)つまり、肌感覚は従来の常識とは違うかもしれず、実際に手触りを持っていることや経験が必要だなと。

データの入手はしばしば高いコストを伴うが、データなくして予測マシンは機能しない。予測マシンを創造し、機能させ、改善させていくために、データは欠かせない存在である。そうなると、データをどんな規模と範囲で取得するべきか、決断しておかなければならない。異なるタイプのデータがいくつ必要か。タイプや対象や頻度が増えるほどコストは高くなるが、潜在的な利益も大きくなる。このような決断を下す際には、自分は何を予測したいのか、慎重に決めておかなければならない。どんな問題の予測をしたいのか具体的に確認できれば、何が必要なのか自ずと明らかになる。(p.65)

そして

予測マシンは3つのタイプのデータを利用する。(1)AIを訓練するための訓練データ。(2)予測を行うための入力データ。(3)予測の精度を改善するためのフィードバックデータ(p.70)

ビジネスプロセスの中のどこで3つのタイプのデータそれぞれを取得し、「予測」に活用できるか、考えると面白そうです。

また、更に予測マシンと人間の分業についても多く語られています。マシンの得意な部分と人間が得意な部分についてです。

機械による予測は非常に強力だが、そこには限界がある。データが限られるとうまく予測できない。限界が生じるのは、事象の発生頻度が低いときや、因果推論の問題が発生するときだ。このような限界について、人間は十分な訓練を受ければ認識可能で、機械による予測を改善することができる。そのためには、機械について理解しなければならない。(p.87)

予測マシンの性能が改善するに伴い、企業は人間と機械による分業体制を調整していかなければならない。(p.92)

このようにデータや技術が進むのに応じて、分業の内容を調整していくという考え方がよいですね。はじめからイチゼロではないし、人間との分業がその後の機械の予測を改善した結果、より多くを機械に任せることができるかもしれない。

そしてビジネスプロセスの主たる仕事は「意思決定」としています。判断・意思決定のために「入力データ」や「予測」が役立つ。また面白いなと感じたのは以下。

予測マシンは判断を提供しない。判断するのは人間だけだ。人間だけが、異なる行動をとった場合に得られる報酬の違いを相対的に比較できる。AIが予測する機会が増えると、人間は従来のように予測と判断を組合わせて意思決定を行う代わりに、判断する役割に専念するようになる。その結果、機械による予測と人間による判断が相互に作用し合うインタフェースが実現する。... 予測が改善されると、様々な行動から得られる報酬について考慮する機会が増える。言い換えれば、判断する機会が増えることになる。つまり、優れた予測がスピーディーかつ安上がりに行われるようになるほど、私たちは多くの決断を下すようになるのだ。(p.107)

とはいえ、もちろん、その「判断をハードコーディングする」ことも可能。しかし、

厄介なのは、判断をプログラム化して機械に人間の役割を任せるだけでは十分ではなく、判断の根拠として提供される予測がかなり正確でなければならないことだ。考えられる状況があまりに多く、しかもそれぞれの状況に関して何をすべきか予め特定しておくとなると、あまりにも多くの時間をとられてしまう。... 結局のところ不確かな状況では、特定の決断からどんな見返りが得られるか判断するためのコストが高くついてしまう。(p.117)

判断以外にも人間が機械より優れていそうな点としては、

人間が持っていて、機械に持てないデータには3つのタイプがある。まず、人間は鋭い感覚の持ち主だ。人間の目や耳、鼻や皮膚は、未だに多くの点で機械よりも能力が優れている。第二に、人間の好みは最終的に人間が決定する。消費者データがきわめて重要なのは、人間の好みについてのデータが予測マシンに提供されるからだ。...第三に、プライバシーの関係で、機械が入手できるデータは限られてしまう。

つまりは簡単にいえばデータが不十分なところでは、もちろん予測マシンもうまく機能しないというわけです。が、もちろんその状況では、人間でも、誰もが予測ができるとは限りませんので、予測より判断そのものに重点が置かれるのだと思います。そして、そのような優れた予測に頼れないケースでは、しばしば「満足化」が行われる。例えば、

空港に行くときは常に早めに出発し、早く到着しすぎてフライトの時間まで待機するケースだ。最適の解決策ではないが、手に入る情報の範囲内では懸命な決断である。空港のラウンジは、満足化に応える形で考案された。しかし優れた予測マシンが登場すれば、満足化が必要とされる機会は減少する。そうなると、空港ラウンジのような解決策への投資から得られる見返りも少なくなるだろう(p.143)

現在満足化で成り立っているような領域に対して、戦略的に予測マシンに投資することができれば、ビジネスチャンスがありそう。

判断の重要性もあったが、一方で判断するのにかける時間がない、というシーンでも予測マシンが優位に使える可能性が高い。

予測を受けて素早く反応することの見返りが多く、しかも判断をコード化したり予測したりすることが可能なところなど、あらゆる機能を機械に任せる方が、プロセスに人間を含めるよりも見返りが多くなるとき、自動化は実現する。コミュニケーションのコストが高くなるときにも、自動化は実現する。たとえば、宇宙探査だ。(p.150)

金融の分野やオンライン広告ではすでにこれが起きている分野ですね。

本書後半では、前半の理解を基に、どのようにしてビジネスに予測マシンを組み込むか検討するための方法論も書かれています。

  • プロセス全体を設計し直して、自動化する方法を考える。ワークフロー | タスク | 決断 | 仕事 と整理した際、実際に予測マシンが導入されるのは「タスク」からとなる(p.161)
  • AIキャンバス は 決断を7つの構成要素に整理する 予測、入力、判断、訓練、行動、結果、フィードバック これによって予測マシンの潜在的な役割を理解できるようになる. そして必要な3つのタイプのデータすべてが明確に理解できるようになる(p.172)
  • AIキャンバスにおける「予測」においては、綿密さが必要とされる。例えば「最高の」学生の採用を目指すと宣言するのは簡単だが、具体的に予測するためには、「最高」の意味をきちんと把握しておかなければならない。... 企業はAI戦略の第一歩として、しばしば基本に立ち返って目的を設定し直し、経営理念の具体化に取り組まなければならない(p.180)

この理念目的と、具体的な目標のGapやFitというのはさまざまな場面で通じるものがありますね。そして、相手が人間であればある程度曖昧に通じていた部分が、より厳密・具体的な定義が必要になるというのはそうだと思います。

そして企業の戦略として分解したプロセスのうち、何を自社に残し、何をアウトソースするか、何をAIに任せ、何を人に任せるか、という選択が行われます。ビジネスの本質が不確実性の低下であると捉えた場合、予測マシンはその不確実性を下げる一躍を担うことになるが、その予測マシンの性能をどのように改善させるか、自社で改善するのか、外部にアウトソースするかは戦略の範疇になる。その戦略に応じて、自社で3つのタイプのどのデータを保有すべきかも決まるはず。前述のようにデータの収集と保有はコストのかかるものですから。

あなたらが自らデータを集めて予測を行うか、あるいは他人からデータや予測を購入するか、どちらを選ぶかは、あなたの会社にとって予測マシンがどれだけ重要かによって左右される。予測マシンが特に重要ではなく、AIが戦略に中核でないかぎり、大抵の企業がエネルギーを調達するときと同様に市場から購入すればよい。対象的に、予測マシンが企業の戦略の中心である場合には、予測マシンを改良するためにデータを管理する必要があり、データと予測マシンのどちらも社内に存在しなければならない。(p.227)

ついつい自社で!って思ってしまいがちですが、もちろんそこには大きなトレードオフがあるということです。

... このようなトレードオフは、グーグルやマイクロソフトといった企業の経営陣によるAIファースト宣言に込められた意味を明らかにしてくれる。これらの企業は機械学習に役立つデータに積極的に投資している。予測マシンの改善を優先し、顧客の直接経験や社員の訓練を後回しにする。データ戦略はAI戦略の要だ。(p.249)

AI戦略=データ戦略というのはなるほどです。こんな中で、AIにベットできている企業はすごい、とともに、自社・他社の棲み分けの戦略を明らかにして、グーグルやマイクロソフトの提供する予測マシンを最大活用するというのもありうる戦略ですね。

引用多めですいません。ここで取り上げた部分の他にもAI倫理にまつわるAIのリスクや、社会全体にどういった影響を与えるのかといったあたりの議論など、まだまだ引用したいところは多いのですが、ここまで。。

この本に書かれていることを下敷きに、自社や自分のビジネスの戦略を考えるのにとても参考になる本でした。

初パリの感想など

この度ラッキーなことに、出張でパリに行ってきました。もちろん、たくさん仕事もして来たのですが、合間を縫って観光もできましたので、写真とともに、観光地以外のパリの街の印象をメモしておきます。

  • フランス空港からのパリ市内への町並みはそんなにきれいじゃない。(空港の近くはたいていそうだとは思いますが、、)車の排ガスが高速渋滞でつらい。そして街なかはタバコが多い!

  • 市街地にはいると石畳や坂が多い。セーヌ川に向かって大きくは無いが起伏があるようだ。街の建物がすべて石の建物できっとずっと古い町並み。一階にカフェがなければどこにいるのかすぐにわからなくなりそう。あとから気づいたが泊まったホテルの近くは文教地区だったので店舗が少なく特にそう感じたようだ。流石にセーヌ川の方に行くと店も多く、石ばかり!の雰囲気はだいぶん変わってきた

  • セーヌ川沿岸では、ポスターやら古い雑誌?やら絵画をたくさん売っている。販売スペースが設けられているので市で仕組みを提供しているのだろうか。が、アーティスト向けとは限らないようで、同じポスターやお土産もの、なんかも少なくない。ツール・ド・フランス関連のグッズはちょっと欲しかったが、現金以外しか使いたくなかったので(使えたかもしれないが)今回は諦めた

  • 売られているものには、日本に由来するものも多い。浮世絵を中心に日本文化もなかなか人気のようだ。街では、MUJIの買い物袋、Uniqloの買い物袋を見かけた。Uniqloは超一等地のデパートの隣に出店していた。また、日本食屋と思われる、SUSHI、SASHIMIもよく見かける。現地の人に聞くとそれらはほとんど中国人が経営しているそうな。消費財はツヨい

  • シャンゼリゼ通りにシャオミ、サムスン、アップルがある。近くではDJIも見かけた。電気量販店のようなものは見かけない。しかしシャオミは今は何のメーカーなんだろう..

  • 金曜日だったから特に盛り上がっていたのかもしれないが、セーヌ川の辺りは、夜は若者を中心にレストラン・バーが大変な盛況っぷりだった。この時間でもセーヌ川の観覧バスがひっきりなしに往来している。セーヌ川を中心に、またその川を生かした観光がとてもうまく行っていると感じた。東京ももっと川の周りの観光開発をがんばってほしい。(そのためには、この問題を解決する必要があるのかもしれないが、、)

  • 最近訪れる街ではどこでもですが、パリも、街の観光には、レンタル自転車の利用がとても良かったです。自転車があればどこでも行けるくらいの街のコンパクトさもピッタリ。もちろん、地下鉄でもいけますが、自転車なら街の風を感じながら移動できるので、移動時間も観光になります。最高。

  • 街の通りの角に不思議なモザイクの「コード」を見かけることがありました。これって何か意味があるのでしょうか? ちょっと探して見ましたが、特にそういう情報は見つからず、、でも何か意味深だったですよね。ご存知の方いたら教えて下さい

  • ちょうど滞在中、地下鉄のストに遭遇しました。外務省の「たびレジ」からもちゃんと事前に連絡が来て、「おっ、役立つじゃん」と感心。パリジャンはストに対しては、「パリの名物だよ」と皆とてもおおらかな対応。通勤に対しても、自転車や eスクータ(Limeとか)といった代替手段が充実しているのでまったく問題がない(ストやっている方としては、、、?)東京でも災害時のドリル的に「スト」のようなものをやってもいいのではないかとまで思ってしまった。社会インフラと市民が強くなると思う

  • そして、パリのホテルでの朝食は毎日パンとジャム・バターだったのですが、、、これがおいしい!さすが。

パリはもともとあんまり興味がなかったのですが、さすが世界一の観光客を誇る街はすごいですね。パリだけでも本当に見どころが多く、また今度は遊びでゆっくりと来たいと思います。

あいちトリエンナーレ2019は、いろいろと話題も刺激も多い、芸術祭参加となりました #あいトリ2019

色々と話題のあいちトリエンナーレを9月の連休を活用して、9/22〜24の3日間堪能してきました。名古屋は初めてではなかったですが、相当久しぶりでした。名古屋市、豊田市という土地も含めて、楽しめ大満足だったのですが、作品以外からも、あいトリを中心に感じたことをいくつかメモです。

可視化の重要性

何か文章やアートなど表現する、行動してみせることで、可視化して初めて違いに気づくことが多い。もともと(日本人が特にかもしれないが?)人の中にあることはなかなかわからないので、外に可視化してみて、ハレーションが起きる、もしかしたら不自由に気づく、そんなことが多いのかもしれない。というのも、「表現の不自由展・その後」の展示室へ続く扉に、

「あなたは自由を奪われたことはありますか?それはどんなものでしたか?」

という質問に答えて、それを付箋のように貼りだすという催しがあり、私も参加しようとしたのですが、、うーん。自由奪われているのか?と考え込んでしまったのです。


ひょっとすると、私は(特に日本人は)「物事を可視化する」そのプロセスを踏めていなさすぎなのではないか、自由を奪って不自由にしているのは、自分自身のこころのブレーキなのではないか?とも感じてしまったのです。(幸せなことにほんとーに不自由が少ない、のかもしれない)

そんな意味で、この付箋の展示方法含めて、アーティストって、可視化・行動のプロなんだな!と、改めて実感。すばらしいなっと感じました。

シンボルの「良い」意味でのあいまいさ

「可視化」という話をしましたが、可視化するためには、言語でも形でも何らか「シンボル化」というプロセスをへることになります。これが良い意味でもまた場合によっては悪い意味でも、表現しようとする人が余計と思われる情報をあえて欠落させ、抽象度を上げるプロセスになります。

このプロセスを経てシンボル化されたことで、同じシンボル(抽象)に対して、各々の人が受け取る印象の違いを生み出すことになる。各々の背景や経験とミックスされて具体化された印象として捉えられるから、特に文化や時代背景、コンテクストが違った場合は、その印象が大きく変わってしまうことも十分ありうる。「アート」文脈ではこれは良い意味での自由度を与えると思うが、逆に細かく伝えたい場合には逆効果や誤解も産むようだ。(両者は同じ現象だし、意図的にそれをやるケースもあるかもしれない)

表現して可視化すると同時に、それを見て受け取る側の読み取る力、そのシンボルを使って議論する力もあわせて鍛えていかないと、ただただ対立と分断だけが残る可能性もありそうです。対立を避けて可視化を恐れるのではなく、対立を乗り越える関係性をしっかり作っていくことが大切だなと。

個人(小組織)と大組織の違い

あいトリではある展示が中断になったりして、その経緯に対して、検証委員会からガバナンス、コンプライアンスの課題の指摘が多い。たしかにこれだけの大きなイベントの影響が大きかったのは確か。お互い感覚の違う人・組織同士のコミュニケーション不足が大きく取りだたされていると思います。このアーティスト個人と大組織の間の緩衝材を本来は美術キュレーターが果たせると良かったのかもしれません。決定的な敗因は芸術監督が自身の行動範囲を広げ過ぎてしまい、本来やるべきことに集中できなくなってしまったことなのかもしれない。なぜできなかったのかはわからないが、適切なキュレーターを配置できていれば、、と思う。

というのは聞きかじったにわか知識での理解だが、実はそんなおおげさな話でもないく、自分自身の仕事に対してもなかなか身につまされる話だったりもする。

最後に展示についての話「喜楽亭 / 旅館アポリア」

現代美術はとても難解なものが多い気がする。上述したように、まだ色々と可視化されていない、社会や個人の中にだけあるものを可視化していこうという取り組みが多いのだから仕方がない、というかそういうものだと思っている。

が、中でもあいトリの展示の中で一番自分が「なにか」共感したのは「喜楽亭」で見た「旅館アポリア」でした。


喜楽亭という場所は、「豊田市神明町にあった「喜楽亭」は、明治時代後期から続いた料理旅館で、大正期の代表的な町屋建築として知られています。戦前には養蚕業、戦後には自動車産業の関係者が多く利用しました。」

http://www.cul-toyota.or.jp/sisetuda/sanbun_kirakutei.html

という一見、ごく普通の「文化財」的 古い旅館、建物なのですが、そこで、展示されていたのが「《旅館アポリア》2019 / ホー・ツーニェン」という作品。

この喜楽亭が「戦争末期に沖縄の米軍艦隊に突撃した神風特別攻撃隊の草薙隊が、この地を発つ最後の夜を過ごした場所でもありました。」という史実の発見から着想し、その場所で、当時の戦争に向かっていく時代で喜楽亭も使った人たちがどんなことを感じていたのか、日本の空気感といったものをインスタレーションで表現していた。

特に強く印象的に何かを訴えるというわけでもなく、淡々と見つけた事実などを映し出していくが、なんとも作品を見ている場所自体が深くつながっていることで、そして場の演出が相まって、時間とか空間が歪められ、当時の現場感とかリアリティをぐぐっと感じる作品となっていました。場所や土地に染み付いた何かってあるんだなぁと感じました。

家の近くにある神社や古い建物などの歴史を調べるともしかしたらそういったキオクのようなものが見つかり当時を深く学ぶきっかけになるかもしれません。

あいちトリエンナーレ2019は、いろいろと話題も刺激も多い、芸術祭参加となりました。近くで行くチャンスがある方はぜひオススメです。

「今忙しい?」に注意! オレオレ詐欺にまんまと引っかかりそうになった!! 😨

いやぁ、オレオレ詐欺なんて、絶対ひっかからないって思っていたんですよ。でも、うっかり引っかかりそうになりました!😨 手口は、LINEのメッセージです。年に数回連絡を取るぐらいの友人の奥さんからいきなり「今忙しい?」とLINEで連絡から入ったことから始まりました。

いきなりなんだろう?と思いつつも、基本的に友人の頼みならなんかしたくなるというのが人心。ちょうどサマソニライブ参加中だったので、いろいろやり取りしたり、またちょっと唐突過ぎたのでおかしいなという気はしたので、根掘り葉掘り会話をしていたところ返事がなくなり、返事待ちしていたところ、本人がLINEアカウント乗っ取られたとFacebookでいっていて気づいたのです。ちなみに「詐欺」っぽくておかしい、という気は恥ずかしながらまったく気づかず、、どちらかというと唐突だったので、なにか相手が変なことに巻き込まれているとか、深い事情があるのでは、くらいの感じでした。いやぁ、まさかオレオレ詐欺とは思わなかった〜

しかし、このメッセンジャーを使った詐欺はなかなか精度高くなりそうだなと改めて思いました。なんせ、過去のやり取りも見れていているわけで、乗っ取ったアカウントの基本情報なんかもわかるでしょうし、なんだったらその相手との会話のチャットでの口調や特徴を真似ることもできそうです。

その後、聞いたところ、結構有名な手口だそうです。それにしても、Facebookでもつながっていたので助かりました。みなさんアカウント乗っ取られないように二要素認証を徹底するとともに、こういった際には、別の連絡手段を交えるなどして「別の経路も使って」真意を確認するようにしましょう〜これも二要素認証ですね。

以下、流行った手口らしいので、今更感があるかもしれませんが、ご参考にやり取りを貼り付けます。ちなみにこの相手は現在海外に住んでいるので文脈も間違っていない。(ただ、いま海外にいて、、っていい方はわかって読めばおかしい)やり取り、とても自然でしょ? なにかのご参考になれば。いやぁ、危なかった〜!

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ちなみに、今年の20周年目のサマソニは初日の金曜日のみ参加しました〜

30年後を考える ~ 2035年の世界 ~ 未来を創造し行動を起こす

2035年の世界
高城 剛
PHP研究所
2014-10-31

会社で話題にでたため、図書館で借りて読んでみました。見開き1ページで1トピックと、とても読みやすい構成で、100のトピックの、30年後の世界を予測・妄想します。2014年に発行されたものですが、2019年時点ですでに現実となっていることもあれば、まだまだ先なのかもということもあります。そもそも予測の範囲のばらつきはあるのだとは思いますが、インターネットやデジタルなことは比較的すでに大分実現されている感じがしたのと、恐ろしいことにネガティブな予測は大分近いことがすでに起きていると感じました。

The 16th President of the United States, President Abraham Lincoln, is often credited with saying, “The best way to predict the future is to create it.”

という言葉がありますが、意識的に、より良い(と思える)未来に向かって行動を起こしていかないと、どんどん暗い未来になってしまうのだなと感じました。もちろん、「暗い未来」を作るのも人間なのですが。

今年も猛暑!シャツをひんやりさせる シャツシャワー を試してみた

会社の同僚に教えてもらって、「シャツシャワー」なるものを試してみました。いわゆる「シーブリーズ」的な清涼感製品の新製品。これ系はもともと、手にとって体にかけるペチペチかけるボディーウォータみたいのがありました。高校のときの、体育の授業の後は、ものすごい汗と清涼剤のミクスチャな匂いで大変なことになっていました...


が、ボディーウォータは着替える際にはいいのですが、出先でもしゅっと爽やかになりたいということで、汗拭きシート的なものがでてきたと思います。汗拭きシートも単に汗拭きするものから、むちゃくちゃスースー清涼感をかもすものまで色々ラインナップされています。

会社の通勤などで汗っぽくなった場合には、この「汗拭きシート」が重宝します。


その次(私がそう認識しているだけかもしれませんが、、)に登場したのが「シャツシャワー」。出た汗を何とかするのではなく、その前になんとかできないか?という流れと思います。このシャツシャワーは成分的にはエタノール系のアルコール+香りなので、これまでの製品と基本は変わらないのだと思いますが、汗をかく前である、出かける前に、シャツにシュッシュっと噴霧しておきます。すると、汗をかいた瞬間にそれを揮発させるのに役立つため、清涼感を得られるとともに、汗をかきながらも、ベタベタ感を感じにくくなるというものです。

で、早速試してみようと一番人気のしろくま柄の「シャツシャワー」を購入しようとしたのですが、これが案外品薄!きっと人気があるのでしょうか?そんな中、類似品の「シャツミスト」は薬局で売っていたので、たまたまではありますが、2つの商品を比較してみることになりました。類似品の方はボトルのサイズも小さくて持ち運びもできることを考慮してそう、というのも試したくなる要因でした。

で、結果。私的には「結論、しろくま柄のシャツシャワーいい」スースー感がシャツミストは湿布的な刺激があるいが、シャツシャワーは爽やかで程よい。あと、大きく違ったのはスプレーの出来で、とてもシュッシュしやすい。この勢いで噴霧していたらすぐなくなりそうだ(笑) シャツミストは持ち運びもできそうなボトルサイズがいいなと思ったのですが、シャツにかけるという使用方法を考えると、実際のところは出先で使う機会はなく持ち運ぶ必要は少なそう。どうせなら、職場にも1本おいておく、くらいの割り切りができるなと。

シャツミストでもいいけど、、、さすがシャツシャワーって思った。



なかなかオススメできる商品でしたので、ぜひお試しあれ。

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